おふらんすからの搬送編   2004/8/25〜26

ファーストクラスのメニュ・日本語ページ


《8/25(水)その1 おふらんす横断ドライブ》

長かったような短かったような、退屈なようで忙しかったような奇妙な1週間が終わる。

午前3時過ぎ。
あまり寝た気がしないうちに目覚ましアラームがなった。隣のベッドが空で良かった。誰か寝てたらこんな時間にごそごそ動くのは憚れる。電気がついたのに気づいたのか、さっそく見回りナースが様子を見にきた。もちろんこの時間に退院していくのを知ってる様子で「なにか手伝う?」みたいなことを言ってくれたが、するべきことは全て終わっていた。

最後に『三島』のナースに会いたかったな。彼女は最近、日本の小説を読んで面白かったと言っていた。「誰の作品?」と聞いたら、「日本人の名前は難しいから覚えてない。家に帰って本を見てくるわ、明日教えるね」と言ってそのままになっていたのだ。現代の作家だと言ってから、大江?村上春樹かな?なんてクイズの答えを待つような気分だった。
『三島』ナースといえば、彼女の注射は強烈だった。入院して2日目と3日目の夜、すでに寝ているTを起こして「注射しますね〜」とかいって、いきなり寝間着の裾をあげて、あれれっ?と思うまもなくおヘソのすぐ横を消毒して、ま、まさかそこにするっ?と抵抗する間も与えず、ブスッ。ヒェ〜。次の夜もやっぱり寝込みを襲って、唐突にブスッ。お腹の真ん中の注射って半端じゃなく恐いんですけど。『三島』だけに刺すのは腹と決まっているのか?

『三島』のクイズの答えは聞けぬままに、お迎えの看護人Bさんがきた。出発だ。


退院手続きは、Bさんがすでにすっかり話をつけてくれたらしい。精算やらなんやらの面倒は一切抜き。ストレッチャーに乗せられて、早朝勤務のナース数人に手を振って、病院の玄関口に待機している搬送車にスポッと納まるだけという超スピード退院だった。


搬送車に寝かせられると、外の風景は窓の上の方から空が少し見えるだけ。きょろきょろしてると看護人Bさんがこっちの気持ちを察して「外、見えなくて残念ですね」と気遣ってくれる。窓の外は諦めて、搬送車の内部観察。両サイドの棚。薬品やら医療器具類がきっちり納まっている。車そのものも新しめで、壁にも汚れ一つない。非常に整然とした印象をうけた。磨りガラスの窓の1枚に料金表らしきものが貼ってある。内容が知りたくて分かりもしないフランス語を一生懸命みていたらまたまたBさんに気づかれてしまったので
「これ、救急車の料金表ですよね?なんて書いてあるか教えてもらえます?」って聞いてみた。市内が一律○○ユーロ。それ以後1キロに付き2ユーロ。その他特別なオプションとかの金額・・・。この搬送車はリヨンからアネシーまできてくれたらしいが、その距離も当然1キロ2ユーロなんだろうな。頭の中で搬送車料金をざっと見積もってみる。リヨンーアネシーパリーリヨン(リヨンは中間地点にある)でたぶん1200〜1300キロくらい。1ユーロ130円としておよそ30万円強か。しかし、料金表が搬送車の中に貼ってあってもストレッチャーに寝かせられた人間には選択の余地がないから、この掲示は意味がないんじゃないだろうか?だって、お金ないからここで降りるとか言うわけにいかないし。Tは保険屋もちだからいいいけどね。



搬送車の運転手は、陽気な若い男で、サブの運転手兼介護人の女性がもう一人。3人体制での送迎とは恐れ入る。車はほどなく、高速に入り、100キロ以上の速度で順調にパリを目指す。搬送車のベッドはそれなりに快適で、寝不足のTはいつの間にか爆睡。

気が付くと車は、どこかのサービスエリアに止まっていた。すでに出発から3時間半。「トイレ行きますか?」って聞かれて、生理的欲求はなかったんだけど、外にでてみたかったので連れて行ってもらうことにした。てっきり車椅子かなんかがあるのだと思っていたら、ストレッチャーでそのまま、車外へ。外は小雨なので雨が顔にあたらないように毛布に潜り込んで、サービスエリアを寝たまま移動。Bさんと搬送車の女性に押してもらってそのまま女子トイレにはいると中には一般フランス人がそこそこの人数いて、トイレに入ってくるストレッチャーのアジア人を珍しそうにみてる。うっ!これって、結構恥ずかしいかも。。。個室ドアの真ん前で介助されながらストレッチャーおりて、後は大丈夫だからと介助を断って、用を足した。個室にまで来ると言わなくてよかった。ほっ。


サービスエリアのショップの横を通過しながら、
Bさん「朝ご飯、食べますか?買ってきます。なにが食べたいですか」
う〜む、何って聞かれてもねぇ。選択肢が不明だし。。。
「サンドイッチかなにかと、暖かいコーヒーかカフェオレ」

Bさんから受け取った朝食は、ごくありふれたハム・チーズサンドといかにもサービスエリアチックなカフェ・オレだったけれど、病院の朝食の10倍は美味しくって、娑婆にでられたなって感じがした。


パリに近づくにつれ、天気は次第によくなってきて青空がのぞく。灰色と白の混じった雲の流れが速い。高速道路の脇に高い建物が見え始めた。もうパリ市内にはいったらしい。せっかくだから下道でパリ通過して欲しかったな。これから先、またヨーロッパに飛びにくることはあっても、たぶんパリ観光にくることはないだろうから。


本日の教訓:手じまいは脱兎のごとく
           株格言、なんのこっちゃ?




《8/25(水)その2 シャルル・ドゴール空港での最悪の出来事、またまたトイレネタ

空港の玄関に搬送車を横付けした。飛行機の出発時刻まで2時間半。Bさんが、空港係官と一緒に車椅子をもってきてくれた。6時間のドライブ、ほとんど爆睡していたので起きあがって車椅子に乗り替えるとき、ふらついてしまい、いかにも病人らしくて笑えた。

空港のセキュリティやいろんなゲートもほとんど、『特別ルート』を通って快適。ただ、テロ対策は厳しいらしく、左腕のゴツいギプスは念入りに調べられた。なるほど、ギプスの中というのは良い隠し場所になるもんね。


Bさんと空港係官二人のお供を従えて、全てのゲート通過し、連れて来られたのは、エールフランスのファーストクラス専用ラウンジ。ヒュー!豪華だぜぃ。受付のお姉ちゃんも美形で愛想がいいし、カウンターには高そうなお酒がずらずら。もっともTは下戸なのでちっとも興味がありませんが。お酒の先には、これまた高級そうなオードブル取り放題。わお!キャビアまである。プチ・ガトーも見目麗しく銀盆に並んでる。さすがファーストクラスラウンジ、出てくるモノの格が違う。しかし車いすはその横を速度を落とすことなく通り過ぎ、ラウンジ奥に向かう。一応、殊勝な怪我人を演じなければいけないシチュエーションなので、ここで食欲全開の要求を出すことはできない。つ、つらいっ!


奥にゆったりと並べられたお洒落な椅子に座らせてもらって、無理に余裕の態度を作ってみたりする。回りにいる人たちは、いかにもお金ありそーって感じの人ばかりで、正面の黒人男性は全身黒のコーディネートでぴたっと決めて優雅にシャンパン飲んでるし、横の方の日本人中年夫婦の男のほうは経済誌かなにかで見たことあるような、たぶん経営者夫婦だし、いかにもって感じの金満中国系男性とか、Tには全く縁のないような裕福そうな人ばかり。この場所にユニクロ着て、2年以上履き古したサンダルでいていいのだろうか?しかし。気が引けるよりは好奇心のほうが勝ってしまうのがTの身上。たぶん人生で2度目はないファーストクラスラウンジの観察を好奇心120%で密かに続行する。




ほどなくBさんが飲み物と袋入りのスナックとサンドイッチのようなものを持ってきてくれた。Tとしては、そういう『腹にたまる炭水化物系』じゃなくて、『高級食材系のつまみ』のほうがよかったんだけど、サンドイッチもお上品な味がしていけてる。Bさんは細やかに面倒みてくれるし、ラウンジのお姉さんも気を使ってくれるし、なかなか良い気分。


待ち時間もあと30分ほどになったので、トイレに行っておくことにした。今の状態で狭い機内のトイレ(と思ったのは大間違いで、ファーストクラスはトイレも広いと後から知った)に行く回数は極力減らしたかったからだ。サイドテーブルを挟んで、座っているBさんに「トイレ行ってきます」というと「すぐそこだけど、大丈夫?歩ける?」と着いてきそうな勢いなので、「大丈夫です。ゆっくり歩きます」と押しとどめて、そろーっと受付カウンター奥のトイレへ向かう。


トイレの内装は、黒が基調のお洒落でクールな空間。もちろん洋式、高機能ウオッシュレット完備。どこもかしこもピカピカに磨かれ、ここがキッチンだと言われても納得するような清潔さ。コトをすまし、ふと長時間のフライトの前にウエットティッシュで身体拭いておこうと思いたつ。(Tは潔癖症なのです)で、まだズボンあげてない状態で、腰をかばいながら立ち上がり、ドア裏の金のフックにかけたバッグからウエットティッシュを取り出そうとしたその時!!どういうはずみだか、そのまま前のめりに転倒してしまったのだ。ヽ(゚□゚;)ノ えぇぇ!!

便器とドアの狭間でミョーな体勢になってしまって、しかも折れた左手は使えないし、あちこち折れた本体は痛いし、圧迫骨折した腰に力ははいらない。どうやって身体をたてなおそうかと悩むこと20秒。ひっくり帰った亀さん状態。自力で立てるか?この格好じゃ人呼べないし。。。これってもしかして結構、危機?
この時つくづく、ここが朝立ち寄ったサービスエリアのトイレじゃなくてよかった、と思った。目の前の黒光りする天然石の床は、どう触っても不衛生な感じはしない。思い切って、床に折れてない右肘から手のひらべたっとつけて、なんとか体勢をたてなおす。超間抜けな格好だけど、やってることはすごくマジ。右腕に渾身の力を込めて、豪華な個室で孤独な格闘。どうにかこうにか立ち上がり、事なきを得た。はぁー。。。。

膝に青たん出来ていたが、ファーストクラスの超クリーンなゴージャスな床のおかげで、服にはチリひとつついていなかった。


洗面台の鏡であちこち点検しながら、見た目に異変のないことを再確認。あちこちの痛みをそしらぬ顔でやり過ごし、元の場所に戻る。


本日の教訓:やっぱり禍福は糾える縄の如し
 
(そんなに丁寧に糾ってくれなくてもいいっつーの!!\(`0´)/キィッ)




《8/25(水)その3 ファーストクラス機内での間抜けな出来事、
しつこくトイレネタ


トイレでそんな事件があったことは、もちろん黙っていた。しかし、自然と動きが慎重になってしまっていたのか、Bさんに「ずっと座りっぱなしで疲れましたか?」なんて聞かれてしまった。

搭乗時刻の案内があり、また車椅子でお供を引き連れ、ゲートへ向かう。もちろん、搭乗は一番先。いい気分!って言いたいところだが、さっきの件ですっかり意気消沈しているのでせっかくの一番搭乗の優越感に浸れなかったのが今となっては悔やまれる。


さて、生まれて初めて案内されたファーストクラスは、期待通り広くて豪華!一人分のスペースがこんなにあっていいの?これって資源の無駄遣いじゃない?隣の人まで1メーターは離れてるよ。エコノミークラスなら4人?6人?は入るんじゃない?根っから貧乏人のTとしてはそんな風に思わずにいられない。多機能でスイッチ満載の椅子は、どうしたらちょうどよくなるのか全然わかんないし、専用キャビンやシューズロッカーとか、どれから手をつけていいのか、ただきょろきょろしてたら、ファーストクラス常連のBさんがぜーんぶやってくれた。
「洗面用具と、パジャマと、スリッパ。パジャマ、着替えます?」パジャマというよりおふらんすブランドの室内着だな。こんなもんまでくれるんだ。
元からパジャマみたいな格好なので「いい」というと
「じゃ、鞄にいれときますね。私のも持って帰ります?」とBさんは自分も分もTの鞄にいれてくれた。まあ、彼にしたら仕事でしょっちゅうのってるから今更そんなもの持ってかえってもしかたないんだろ。(このBさんのブランドもの室内着が、配偶者への唯一の土産となった)
「椅子は(スイッチ操作しながら)、こんな感じでいいですか?離陸の時は元に戻しますけど、それからリモコンはこうやって...」とBさんのファーストクラスシート使いこなし講座は懇切丁寧。



後ろのほうの席もだいぶ落ち着いてきた。気が付くと、ファーストクラスには、我々二人とさっきラウンジで見かけたどこかの社長夫妻の4人だけ。日本人の落ち着いた感じのスッチーがきて丁寧な挨拶をしてからこう告げた。
「たいへん申し訳ありませんが、本日ファーストクラスのアテンダントには日本語の話せる者がつきません。日本語でご用の際は私がすぐ後方におりますのでお呼びください」彼女の後ろで、ヴォーグのモデルみたいなタイプのフランス美人が会釈し、ドリンクサービスを開始した。ワゴンにはもちろん高そうな酒が並んでいた。
Bさん「シャンパンとか頼みますか?」
T「いや、お酒飲めないんで(ホンモンのシャンパン、ちょっと心惹かれるけど)。第一、こんな怪我してるときにアルコール飲んでいいんですか?」
Bさん「大丈夫、大丈夫」
T「日本人なら、たぶん炎症があるうちは酒控えろっていいますけどねぇ・・・」

お酒飲めない人はファーストクラスの価値、30%くらい少なく見積もったほうがいいな。ま、Tには二度とないことだから関係ないけど。
Bさんはシャンパンを、Tはアップルジュースをもらって、少し雑談。


T「ファーストクラスってすごいですねぇ、」(ボーディングチケットの券面金額みながら「うわ、7000ユーロ。100万円くらいかな」
Bさん「私のはもっと高い、約7900ユーロ。往復ですけどね」
Bさんの帰りはビジネスクラスだった。
T「日本には何泊するんですか?」
Bさん「Tさんを○○病院まで送って、だいたい昼頃。その日、泊まって翌日の飛行機で帰ります」
T「ふーん、じゃあ、あんまり遊ぶ時間ないですね」
Bさん「そうね、ちょっとだけかな」

Bさんの仕事(フライングナースとかエスコートナースとかいうらしい)に興味津々のTは、たぶんプライベートなコトに突っ込まれたくはなさそうなBさんになんとかしゃべらせようと慎重に計算しつつ会話を運ぶ。

T「でも、しょっちゅう日本に来てるんですよね、日本人専門なんですか?」
B「そうでもないけど、アジア方面ですね、でもやっぱり日本が一番多い」
T「日本語、上手ですもんね」
とここでTは、Bさんのボールペンに付いている、キリン生茶のパンダのペンキャップをさも今発見したかのように
T「あ、こんなとこにまで日本のおまけが!これなんだか知ってます?ペットボトルのお茶買うとついてくるんですよ」
などと、いつものマシンガントークでどんどん話をすすめてしまい、最初あたりさわりのないことしか話さなかったBさんから結構いろんな話を聞き出したのだった。

それによると、Bさんは年は推定通りTとほぼ同じ。日本語は大学で学んだらしく昔は漢字も少しは読めたらしい。アジアが好きで、あちこち回っていたが最近はもっぱら仕事で行くだけ。月に2−3人は日本人をこうしてサポートしてくる。彼の仕事はいわば、登録制。所属している会社から、仕事が発生した時に連絡がはいり(「こういう日本人がいるんだけど来週の火曜からTOKYO行ける?」とかいうオファーがくるんだろう)、都合が合えば引き受ける。アメリカなどにも行くが、彼はアメリカ行きが非常に嫌いみたいで(なんとなくわかる気もする)もう受けない、と言っていた。扱う患者はT同様、怪我人が多く病人はそんなにないらしい。交通事故のケースも多いとか。所属会社(I社)は、てっきり日本の損保会社のブランチだと思っていたがそうではなく、アジアの企業(華僑系かな?)で、複数の保険会社と提携し、現地での保険サービスをコーディネートし代行する。I社は現地の病院への支払保証も行い、手続きの一切を引き受ける。病院や搬送車サービスその他必要経費を全部立て替え、全てが終了してから損保会社に費用実費と手数料を請求する。想像するに、1件いくらとかじゃなくて、かかった費用総額の何パーセントとかいう感じの商売なんじゃないかな。病院で電話で話したI社の社員は、非常に親切で、費用支出を渋る感じは皆無だったが、なるほど、そういう仕組みなら費用は最終的には損保会社持ちなので、保険枠内ならいくらでも患者本位に親切にできるわけだ。それにしても世の中っていろんな商売があって、実によくできてるなぁ。こういう社会システムって誰が思いつくんだろ。
Tの聞き込みマシンガントークは、とどまるところを知らず、Bさん個人については、趣味とか家族構成とか、はてはメアドまで聞き出してしまったのだった。

しかしその間も、Bさんは仕事を忘れない。所定の時刻にはちゃんと注射したり、薬飲ませたり脈を計ったりする。


やがて、ファーストクラス最大のお楽しみ、『お食事の時間』がやってくる。配られたメニュは16ページの冊子。フランス語・英語・日本語で書かれた内容は、田舎町でオヤジが一人でやってるフレンチレストランくらいのバリエーションがあった。ヴォーグ嬢が、メインのチョイスを聞きに来る。選択肢は4つ。え、まてよ。ファーストクラスに乗っているのは、2組4人。でも選択肢は4つ全部OK、つーことは4人の為に16食用意してあるってこと?残った料理12食はどうなるんだろ。(どこまでも貧乏人的発想をしてしまうTであった)選択肢はどれも高級そうな料理名で、しかも別紙カードに表示されている『本日のおすすめ』はホロホロ鳥ときている。どうせだから珍しいもんがいいなーと思ったが、ファーストクラスのフレンチ料理がどんなもんだか想像もつかないので、ここは少し賢明になってこう聞いた。
T「この中で、一番食べやすいのはどれ?みてのとおり手が使えないんで食べるのが簡単なのがいいんだけど」
ヴォ嬢「ご心配いりません。どれを選んでいいただいても、こちらで小さくカットしてお持ちします」と、親身な対応。じゃ、お言葉に甘えて、ということでスズキを選んだ。ずっと肉食だったから、なんとなく魚気分だったのだ。今の状態でナイフとフォークで魚をむしるのは困難そうだったけど、むこうで適当にさばいてくれるなら安心だもんね。

懐石料理の八寸みたいな、小さくて上品な4種のアペタイザー。食材はそれなりだが、ちょっと冷えすぎ。しかし久しぶりに食べるまっとうな料理。うっ、嬉しい!!やっぱり、食べるものがまっとうで美味しいのは人生の最大の喜びだな。前菜はフォアグラのテリーヌ。イケテマス。野菜もたっぷりでボリューム感あり。これもヴォーグ嬢に小さく切り分けてもらう。1週間ろくなものを食べていないので胃が小さくなっているのか、すでにこの時点で、かなり胃が満たされてくる。しかし、一度目覚めた食欲の炎はボウボウと燃え続け、ささやかな自制心をあとかたもなく消失させたまま、メインディッシュに突入。スズキはものの見事に食べやすくさばかれ、クリームソースとまったり混じりあっていい感じ。ガツガツ平らげ、パンに残ったソースつけたりなんかして、おまけに勧められるままにワゴンのチーズを3つももらってしまうのだった。さすがエールフランス、チーズは、種類豊富でしかも熟成すすんだトローり系が多くて美味。さて、すでに胃の方は満タン状態だが、最後にやっぱり別腹デザートは、はずせない。迷いに迷って2つをチョイスし、ついにファーストクラスディナー、完食とあいなった。

うー、苦しいぃ〜。わかっていたけど、やはり食べ過ぎだー!!


ほどなく、お休みの時間となり、ヴォーグ嬢がきてシートをすっかりベッドにしてくれた。ファーストクラスのシートはもちろん完全フラットになるので、それだけでも十分なのに、なんとシートの上に真新しいシーツにくるまれたマット(日本式に言うなら敷き布団ね)まで敷いて、さらに毛布じゃなくて掛け布団まで用意してくれるのだ。ここまで至れりつくせりだとは想像してなかった。うわー、快適!!しかし問題がないわけでもない。このシート、ベッドにして寝た姿勢になると、Tの手の長さでは、シートの調整ボタンのところに手が届かないのだ。健常者ならまだいいかもしれないが、今のTには寝たままの姿勢でベッドの背もたれが起こせないのはちょっとツライ。でも、ま、ずっと寝てれば問題ないし、食べ疲れたからこのまま本気で寝てしまおう、と思ったがそうは問屋が卸さない。

照明が少し落とされ、お休みタイムに入ってしばらく。うとうとしかけたTのお腹に異変が。『あ、もしかしてお腹、痛いかも。。。』と目を覚ます。と、目をあけると、なぜかTの顔をみて微笑むBさんの視線。実はうすうす感じてはいたのだが、どうもBさんは患者の寝顔をしょっちゅうみているらしく、車の中でも、目をあけると、意味なくにっこりとするBさんに、こちらも意味なく顔を赤らめたりなんかすることが何度かあった。たぶんその微笑みは、患者を安心させるための職業上のものなのだと思うが、やっぱり、目が覚めたとき、よく知らないフランス男に、にこやかに見つめられたら、ちょっと照れるよね。これが、もう少し違う状況で、行きずりのフランス男とのラブ・アフェアなんてことにでもなれば、人生の違った楽しみが得られるのだけれど・・・などと腹が痛いと思いつつも、女性週刊誌的妄想をしてみる。

という状況で、即トイレに駆け込む。。。という行動に出にくくなってしまって、そのまま動かずにいると、「寝られませんか?」と聞いてくるので「えー、車の中でいっぱい寝たから〜」と適当にごまかして、再び目をつぶる。

お腹のほうは、食べ過ぎによる痛みが本格的にやってきて、とても寝てられない。布団の中からそーっとBさんの様子を伺うと、今ならむこうもお休みモード。おもむろに、上体を起こしてなんとかベッドから這いだし(これがまた圧迫骨折した腰にはキツイんだ)
、そーっとトイレへ。

ファーストクラスはトイレまでもが様子が違う。広い。エコノミートイレの倍くらいのスペースがある。アメニティグッズだって充実。高級そうなコロンとかローションがならんでいた、いやしかしそんなモノはどうでもいい。トイレがいくら立派でも、この腹の痛みが減るわけでなし。ま、客が4人しかいないから、使用時が重なることはまずありえないので落ち着いてできるのはありがたいが。。。

トイレに籠もること5分以上。骨折のため、お腹に力が入れられずなかなか苦しい展開。いったん、諦めて席に戻る。どう考えてもやはり食べ過ぎとしか思えない。こうなることは予想のうちだったけれど、かなり劇症。病院食からいきなりファーストクラスメニュみたいなゴージャスこってり系料理にいったら、そりゃ、具合も悪くなるわな。当然の帰結とはいえ、間抜け過ぎる。。。。

その後、必死の思いでベッドから抜け出し、トイレへ通うこと3回。1時間半ほどでなんとかお腹のグルグルが納まる気配が見えてきた。トイレ通いで疲れたが、なんだか目が冴えてしまって、寝るのを諦めパーソナルテレビで映画『シュレック2』を日本語吹き替え版でみる。

『シュレック2』はそれなりに良かった。もちろん『1』のほうが、ラストの外し方と言う点で勝っているが。他に見たい映画もなかったので、少しは寝とくことにする。


気が付くと、結構寝てたらしい。回りは、なんだか起きはじめた気配。Bさんは。。。やっぱりこっちみてる。

窓のブラインドが開けられ自然光が入ってくる。キャビン・アテンダントがマットを片付けだし、機内には朝の空気が流れ始める。焼きたてクレープとふわふわオムレツ、フルーツの優雅な朝食。今度は少し控えめにいただく。


あと数時間で日本に着く。帰ったからといって、なにが解決するわけでもない。むしろ、帰ってからのほうが、解決すべき諸問題に直面せざるを得なくなる。それを想像すると頭が痛い。それでも、こうして帰りつけるのは、やはりなにより嬉しい。日本語でコミュニケーションできて、言いたいことが言えて、通信手段が確保されてて、家族がいて、友達がいて、食べ慣れたものに囲まれて。そういう場所に、あとほんの少しでたどり着く。普段当たり前のようにあるものが作る安心感。
窓の下をのぞくと日本のどこかの海岸線がみえてきた。その懐かしい光景が、深い安堵のため息をつかせた。(おわり)



本日の教訓:二度あることは三度ある
(って本当だったのね。。。)