★★★1月3日(金)★★★
涙の5時間70キロフライト。XCチャンピオンのお言葉「だからクロカンは面白い」
 
天気は上々で朝からみんな気合がはいる。昨日と同様に、腰に3本ベルトを巻きつけコルセット状態に固めてテイクオフへ。腰の状況は昨日とあまり変化なく、洗面のためにかがむこともできないが、テンションあげて乗り切るしかない。鎮痛剤を飲んでいこうかとも思ったが、フライト中の判断力に影響があるといけないのでやめておく。ここまでしてもらってぶっ飛んだら顔向けできないから悪い要素は少しでも排除しておきたい。それにしても、こんな身体的苦痛と不安と精神的プレッシャーを抱えて飛んでいいんだろうか。あー、ほんと、あほだ。


約束どおり宮田さんは、機体をバッシャーに積み込むところから、降ろして運んで、ひろげてラインチェックまでしてくれた。コンディションは悪くない。時折よいブローが入る。急いでハーネスをつけようと持ち上げるが、通常の体勢では上げられず膝の力で肩まであげてなんとか装着。タンデム用と違ってフル装備のハーネスってこんなに重かったんだ。ライズアップに耐えられるかな。でも長い間立ってるのもつらいし、と促されるまま立ち上げるも、押えるタイミングが微妙に遅れて失敗。普段なら絶対ミスるはずのないような風なのに。やっぱ無理あるのかな。こういう状況でやり直しはつらい。次1発で決めないとその次はもう立ってられないかも。不安を気合で押さえ込み、次のブローのタイミングを待つ。ハーネスの重さでだんだん腰が下がっていくような気がする。きつい。ブローが入り始めた。慎重に、でも思い切って。宮田さんが後ろからサポートしてくれている、きっと大丈夫。クロスで上げて振り向いたとたんリフトを感じた。1,2歩でタターンて感じで機体は上昇。やったね、得意のパターンだ。一気にテイクオフを真上に2000mまで駆け登る。とりあえずこれでぶっ飛びはない。ここで上げられるだけあげてしまおう。もうテイクオフにひろげられた機体の見分けもつかない。
 
テイクオフ北上空2300m。雲の影が映る大地はどこまでも続き、あまりの広さと高さをどうしていいかわからない。足元2000メートルにはなにもなく、ただひたすら広大な空間にぽつんと置かれた感じがした。いままでにない感覚。こういう景色がみたかったんだ。
 
 
気がつくとMr.Aと中川さんの機体が先行して走り始めた。とりあえず着いていかなきゃ。XCは集団で走れってエディも言ってたし。ボラ山の稜線の最北端くらいでふと西をみると、Mr.Aがすっごい上げていた。でもかなり西よりだ。あっちの方がよさそうなんだけど、でも95号線から絶対外れたくない。こんな状態で回収困難な場所に降ってこれ以上迷惑かけたくないし、どうしようかな・・・と迷ってると高度がだんだん下がってきた。うろうろしてたら弱くて小さいサーマルを1個みっけ。でもなんだか上手く捕らえられない。腰をがちがちに固めてあるせいか、ウエイトシフトが上手くいかずイメージどおり回せない。いらいらして無理やり腰をひねると、強烈に痛い!ふと上をみると中川機がすぐ頭の上で同じサーマルを旋回中。さすが2002XCチャンピオン、コアを的確にとらえて効率の良い上昇。なんとか置いてかれないようにしたいけど、だめだ。どんどん引きはなされていく。結局、田村はそのサーマルを最後まで掴みきれず、中川機とはここでお別れとなった。がっかり・・・。しかし、これが今日の勝因になるとはなにが幸いするかわからない。


無線で第2グループの渡辺さん・鈴木さんが宮田さんと追いついてきた。ちょっと山側に戻して、合流する。でも、またまたいつのまにか一人になっちゃって、気付いたらみんなはだいぶ東よりにいて、相変わらず田村は95号線に一番近いところで高度を下げていた。でももう25キロは超えている。昨日エディと降りたところのチョイ先まできた。標高900対地400-500mを切ったので、腰も痛いし、上手く回せないしサーマルないし、もういいかって思って、「田村、昨日エディと降りたところの少し先に降りそうです」と無線をいれておく。Mr.Aが「あれ、田村さん降りちゃったの、了解です」と取り違えるので「まだ飛んでます。でも降っちゃうかも」と訂正。「あ、まだ飛んでるんだ、がんばってねー」と高度に余裕があるのか妙にあっさり冷たいレス。薄情者め。対地数百mあたりでランディング地点を物色していると、あれ?なんだかバリオが鳴ってる。この辺ならどこでも降ろせそうだし、とりあえず回してみるか。すると、思ったよりはっきりしたサーマルでバリオはひたすら鳴り続ける。上がる間は回し続けるのがフライヤーの性。降りたい気分なのに、回さずにはいられない。何周回したかわからなくなって途中2回、旋回方向かえて、雲底に着いた。2840m。すごい、一気に2000mゲインした。しかもほとんど真上だ。雲の下でちょっと一息いれながら「田村2800まで復活しましたので進みまーす」と、再び走り出しを申告。うー、でもしんどい。
最初の町バラバがもう目の前だ。ここで一発また良いサーマルを拾った。宮田さんが教えてくれた廃品回収場サーマルだ。ここに出そうってところでちゃんと出るから面白い。バラバの町でエディはランディング。無線でしつこく呼ばれてたから、なにか事情があったんだろう。Mr.Aからもバラバの少し先のキャンプ場に降りたと無線がはいる。中川さんもすでに降りているらしい。先行組はアゲンストに阻まれおしまいになってしまったのだ。第2グループの渡辺さん・鈴木さん・田村の3人は宮田さんの誘導で生き残っている。50キロを超えた。バラバまではアゲンンスト気味でちっとも走っている気がしなかったが、少し前へでるようになってきた。XCって時速50キロくらいでブンブン飛ばしていけるのかと思っていたのに、なんかイメージちがうなあ。それにしてもだいぶ疲れてきた。腰の痛みはひどくなりすぎて頭痛はしてくるし、腹筋苦しいし、なんか自分でもなにしてるのかわかんなくなってきたぞ。
おまけに腰の押さえが利かないせいか、機体がむちゃくちゃ不安定で、よくロールして怖い。パラって腰でコントロールしてるんだと実感する。50m切ってもあきらめちゃだめって川地さんに言われてきたから、自分的には最上級の根性いれて粘ってるんだけど、いったいいつまで飛ぶことになるのかなあ。


いつのまにか、またまた一人、95号線の上。みんなは少し東よりを飛んでいる。今度こそだめか?でもなんとなくこのあたり、微かに出てるんだよね。0.5以下の弱いのをへろへろになりながらも回してみるが、集中力にかけるせいかいまひとつ掴み切れない。いつまで気力がもつかなあ、あきらめちゃおうかな、もう十分だよね。と、その時救いの無線。宮田さんからだ。「田村さん、だいぶ低いね。その先の民家を狙っていきましょう、今そっち向かいます」と東よりのコースからまっすぐ95号線沿いに出てきてくれてほぼ同じ高さで一緒に探りをいれ始めてくれたのだ!わぉ!!これで復活できなきゃミヤタファンの名がすたる。集中して宮田さんの軌跡を追う。なかなかはっきりしないサーマルだが、でももうはずす気はしない。腕が疲れてブレイクコードが支えきれなくなってきたのでカラビナをつかんでロック。ようやく雲底までの道筋がみえた。宮田さんは、田村の復活を見届けると「もう大丈夫ですね」とさくっと次のサーマルを探しに行ってしまった。こうやって助けてもらうのは2度目だ。進歩ないな。手のかかる奴でごめんね。でもありがとう。
鈴木さん、渡辺さんと合流して雲のヘリをリッジっぽく飛びながら待機。先行する宮田さんからの無線で次のポイントにむけてまた走り出す。


 
そろそろ夕方っぽくなってきた。リフトもあんまりパワーがない。95号線から東の低い山へつけようとするがそこまで走らせるには高さがたりない。後数百mあれば届きそうなのに・・・。でついに我慢しきれず走り出したらやっぱり届かず、対地はあと200もない。95号線沿いを死守したいので戻してランディングポイントのめぼしをつけておく。この辺でもう一発拾えないかなと探すが、みつからない。回収車で追ってきたエディからもう少し先を狙ってと無線がはいるがいまの状態でランディングのリスクを負いたくなかったので目いっぱい降ろしやすそうなところに機首をむけ、「もう降ろすから下の風、教えて」と終了宣言。なるべく95号線に近づけたいのと絶対ハードランしないようにいつもの3倍くらいの高さでファイナル切って農場の柵沿いにまっすぐまっすぐおろす。こんなところで多少の距離をケチってもしかたない。あと高さ数m。足から降りたら腰に響いて痛いだろうな。ぎりぎりまで待って一気にブレイクを引き込む。ふわっと足がついたがやはり走れず、17cmムースにお任せして倒れこむ。
 
終わった。

キャノピーが横に落ちてきた。でももう動けない。本当に動けないことってあるのだ。車からみていたエディが「田村さん、牛のウンコの上、寝てますよ」と茶々をいれるが、例えここがレアなウンコの上だって動けないものは動けないのだ。ひっくり返った亀みたいにじたばたしてると中川さんと村井さんがきてくれて起きるのに手を貸してくれた。エディも柵を越えてきてくれて、ハーネスを脱がしてくれて、ラインチェックをして機体をたたんで、ザックに収納までしてくれたのだ。その間、田村は脱力してみてるだけ。パラザックは、あっという間に柵を超え運ばれていったが問題は人間のほう。150cmほどの鉄条網の柵は登って超えるしかないが、今の田村にそれはほぼ不可能。なんとか太いくいの上まで登ったが、とても降りられるような体制がとれないし、飛び降りるなんてもってのほか。「エディ、だめ。降りられない」というとエディは、くいに座り込む田村の前でおんぶの姿勢。「そのまま落ちていいですよ、大丈夫」って、私結構重いんだよ(結構どころじゃなく、かなりかな)でもそうするしか方法がないので、エディの背中にドサッっと降りた。これでホントに終わったって気がした。エディの背中に抱きつきながら「ありがとう」ってちゃんと言いいたいのになんだか泣きそうになってしまって上手く言えなかった。優に5時間は飛んでいたとエディが教えてくれた。自分では3時間か4時間くらいの気がしていたので驚いた。こんな体調でフライトタイムの自己記録を大幅に更新することになるとはね。

 
 

車にはMr.Aが待っていた。風邪でぐったりしながらもおめでとうって握手してくれた。回収車はまだ先へむかう3人を追っていく。40分くらいして宮田さんと鈴木さんがランディング。約90キロ地点。本日最後まで飛んでいた渡辺さんはその1-2キロ先。
 
 
回収車は全員を無事にピックアップし、夕暮れの陰が濃くなってきたフラットランドを100キロのスピードで95号線をひた走る。日没まであと30-40分。70キロという距離は思ったより長い。よくこんだけ走れたなあ。オレンジとレモンティーのペットボトルで5時間分の水分補給をしながら窓の外を眺めるとどこを見ても同じような風景。でも5時間かけてたどり着いた70キロ先の風景はやっぱり自分には特別なもの。回収車に乗り込む前に振り返り、自分の今日の到達地点を目に焼き付けてきた。正直なところ楽しいフライトというよりはつらいフライトだった。でも、なかなか超えられない自分の限界を少し突破できた気がした。窓の外が薄闇に変わってきたが、なんだかうるうるしてしまったのでサングラスがはずせない。
 

 

 
車は例の川そばのキャンプ場のレストランへ。もうすっかり暗くなっているので白いインコの群れもあまり鳴いていない。
極上の野菜のピザとチーズたっぷりのラザニアと今日のフライトで盛り上がる。宮田さんによる今日の気象条件とフライトの解説。バラバの先でタコリそうな田村を救いにきた件で「あのとき、田村さん一人じゃだめな人なんで、きっと泣いちゃうだろうなって思って、これは助けなきゃって思ったんですよね」と語られたときには思わず赤面。でもよく解ってるなあ。さすがフライトツアーをプロでやってるだけのことはある。アゲンストに阻まれて、その先の雲がなくなって降ってしまった中川さん&Mr.Aの第1グループとアゲンストが弱まってからそこを通過できた第2グループの話しになって、田村が「じゃあ、あのとき回し損ねて中川さんに置いていかれて後続隊と合流したのが、吉とでたんですね。なにが幸いするかわかんないもんですねぇ」といったら「そう、だからクロカンは面白いんですよ」と中川さんは豪快な笑顔。さすがXCチャンピオン。言うことに深みがある。
 
 
 
 
 

宿に帰って今日の勝者にアミノバイタルをプレゼントする。Mr.Aと田村は明日最終日なのでXCは無し。でもみんなにはなんとか100キロ行って欲しい。今日の疲れを残さず明日頑張ってね。風邪ひきの松井さんにはリポD。薬屋みたいだな、と誰かが言った。そう、いつもそうやって体力と根性のなさをごまかしながらやってきたのだ。部屋に帰るとやっぱりあちこち痛いことにあらためて気づき、鎮痛剤を飲んで寝る。
 
 
 
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